ある12月の寒い日、暖房のバッチリきいた家でぬくぬくとしていた庵はふとカレンダーを見た。
そういえば…

「今日はヤツの誕生日だったな」

そう。今日は12月12日。この日は庵にとって特別な意味を持つ人物の誕生日なのだ。そんなことは知らなく
てもいいことだし知りもしないはずなのに、何故か頭にインプットされていた。何の印もないカレンダーを見て
自然と思い出せるほど。

「フン…下らん。俺には関係がないな。ヤツが一つ年をとろうとヤツの寿命が少し伸びただけのこと。いつかは
 俺がこの手で息の根を止めてやるのだから……精々今のうちに浮かれているといい。クク…クックックッ……
 ハーハッ…!」

ピンポーン♪

「……………」

庵の高笑いは軽快な呼び鈴の音によって遮られた。そのまま勝利ポーズの途中で止まっている。無駄に張られた
胸がどこか虚しい。決め台詞でもある高笑いを中断されて、気分は急降下だ。

ピンポーン♪

もう一度、呼び鈴が鳴った。ようやく背筋を伸ばした庵は、罪のないドアをキッと睨みつける。正しくは、その
向こう側にいるであろう誰かを。

「フ、フフ…何処の輩は知らんが、俺の機嫌を損ねた罪は重いぞ……ハイ八神ですが貴様は誰だっ!!」

不機嫌も露わにドスドスと玄関まで歩いていき、丁寧なんだか何なんだかわからない応えを返して思いきりドア
を開ける。すると庵の耳には人の声ではなく、鈍い音が一つ届いた。

ゴンッ!

……ゴン?初め人間の?(何故そんなことを知っている;)
いやいや、そんなことよりも…

「誰もいない…?チッ、悪戯か。下らん勧誘なら八稚女を食らわせてスッキリしようと思っていたのに…」

ブツブツと言いながらドアを閉めようとすると、何故か閉まらない。何かに阻まれているようだ。

「何だ…?」
「……ッ…テメェいきなりドア開けンじゃねぇよ!お陰で顔ぶつけたじゃねぇか!!鼻の骨が折れたらどうして
 くれンだよっ!」
「き、京……?」

ドアの影から飛び出してきたのは、顔を真っ赤にして涙目になっている京だった。分かってしまえば簡単なこと
だ。庵が思いきり開けたドアが京の顔に当たり、ドアの裏…つまり、庵からは死角となる場所で痛みをこらえて
うずくまっていたらしい。そのことに全く気付かない庵が閉めようとしたドアをおさえて飛び出し、怒りが爆発
したという訳だ。顔が赤いのはぶつけたからで涙目なのは痛みからだろう。と、ここまでは分かる。問題は……

「貴様…何故ここにいる?」
「あ?その前に何か言うことがあるんじゃねぇの?」

その言葉に庵はフンッと鼻を鳴らして無感動に京を見下ろし、一方、京は目を擦って痛みから立ち直り挑戦的な
目つきで庵を見る。目が赤いので怖くは見えず、むしろ可愛らしいくらいだ。本人に自覚はないだろうが。

「貴様に言うことなど何もない」
「自分がやったこと謝りもしないのかよ。最低なヤツだな」
「貴様に何と思われようと知ったことじゃない」
「あっそ。それじゃお前は最低最悪なヤツに決定だな。全く最悪なのは血だけにしとけよ。この蛇男」
「…言いたいことはそれだけか。じゃあな」
「あ、ちょっと待てよ!」

素早くドアを閉めようとしたが、間に足を挟まれてまたも阻まれてしまった。廊下は寒く、早く中に入って身体
を暖めたい。元々、庵は気が長いほうではない。ただでさえ機嫌が悪いのだ。京の行動も全く飲めず、庵のイラ
イラは最高点に達しようとしていた。

「チッ、まだ何か用か」
「俺に、何か言うこと、ない?」

じっとこちらをまっすぐに見つめるひたむきな瞳と目が合った。さっきまでとは大違いだ。悪戯っぽく輝いてい
た瞳は、今は静かに凪いで庵だけを見つめている。瞳に、吸い込まれる……

「なぁ、何かないの?」

ハッと我に返った庵は、それと気付かれないよう自然な素振りで目を逸らす。

「……さっきも言っただろう。貴様に言うことなど何もない、と」
「そっか…」

小さく聞こえる声。視界の隅では京が力なく俯いている。一体何を期待していたんだ…?ん、まさか……

「もしかして、今日の日付に関係するものか・・・?」
「え…そ、そうっ!それ!何か言うことあるっ?」

はじかれたように顔を上げた京は期待に満ちた嬉しそうな瞳をしている。相変わらず判りやすい性格をしている
な。どうやら当たりらしい。だが……

「…貴様に言うことなどない」
「えー!?何だよ、そこまで言っといて!もう分かってンだろ?」
「……一つ、聞いていいか?」
「あン?何だよ」
「貴様、まさかその為だけに来たのか?」
「さっきから貴様貴様って、俺にはちゃんとした名前があるんだぜ?名前で呼んでくれないと答えねぇ」

少しムッとした顔になり、唇を尖らす。こうなったら京はテコでも動くまい。此方が妥協するしかないようだ。

「京……その言葉を聞くためだけに此処に来たのか?」
「うん。あ、いや、正確には違うかな」
「何…?」
「それより、ほら。先に言うこと、ない??」

首を小さく傾げて、キラキラとした瞳で俺を見上げてくる。この状況を楽しんでいるのは明らかだ。さっさと話
を済ませて追い出そうとしたのが、いつの間にやら京のペースにはまってしまっている。そして不思議なことに、
そのことに腹を立てていない自分がいる。さっきまであんなにイライラしていたというのに……京といると自分
のペースが乱される。それなのに、それを不快に感じないのは何故なのだろう…

「HappyBirthday……」
「ヘヘッ、ありがと庵♪」

嬉しそうにニコニコとした表情を浮かべる京。言葉一つで此処まで喜ぶとは…単純だな。

「ったく、薄情なヤツだぜ。お前、俺が来なかったら忘れてただろ。あんだけ言っといたのによ…」
「何をだ?」
「え?KOFでチーム組んで一緒の部屋で寝てたとき・・・」

『12月12日は京の誕生日…12月12日は京の誕生日…12月12日は京の誕生日を祝うこと…』

「…って、毎晩枕元で繰り返し言ってた」
「バカか貴様ッ!!そんなんで覚えている訳がないだろう!」
「え〜、だって睡眠学習って効くっていうじゃねぇか。こうでもしねぇとお前すぐ忘れそうだし素直に聞き入れ
 そうにもねぇし」

ケロッと言ってみせる京。コイツがこういうヤツだということを忘れていた…
京のことだから本気で言っているのだろう。頭が痛くなってきた……
溜め息をついて頭を抱えていると、京がニッと口角を上げて笑う。

「でも、効果あっただろ?」
「何故そうなるんだ」
「だって俺の誕生日だって覚えてたじゃん。すぐには出てこなかったみたいだけどさ。これって十分効果があっ
 たって言えるんじゃねぇの?」

上手くいったことが嬉しいのか、ニヤニヤと笑っている。
そういえば、京の誕生日を覚えていたのは何故だ?今朝は今日の日付を見てすぐに京の顔が浮かんだ。意識など
していなかったはずだ。なのに何故……

「……………」
「な?ヘヘッ、俺の勝ちだ♪」
「…違う」
「は?何が違うんだよ」
「断じて違う。俺が貴様の誕生日を覚えていたのはプロフィールを覚えていたからだ。貴様のデータは全て頭の
 中に入っているからな。お前の勝ちなど、俺は認めない」

そうだ。俺は京にだけは負けを認めるわけにはいかない。そんなこと、あってたまるかっ!こんなもの、認める
わけには……!

「へぇ〜……うん、そっか。ま、それはそれでいいや。聞きたい言葉は聞けたし、オッケーだろ。
 ……そっか、覚えててくれたんだ」

うんうんと一人納得している。はにかんで、小さく呟いた言葉は庵の耳には入らなかった。

一体何なんだこいつは。俺のペースを崩すだけ崩して、一人で納得して。
俺の中にズカズカと上がりこんでは、色々なものを落としていく。まるで、道標のように。
辿っていったその先には京がいるんだろう。そしてきっと、俺が『そこ』に辿り着いた時には嬉しそうに笑うに
違いない。
上手くいった、と。
そんな確信が俺の中にはある。それはそう遠くない未来なのだろうということも…
全く腹立たしい話だ。だが、俺にはコイツの思惑通りに動くつもりはない。
俺は俺のやり方で、お前を捕まえてやる。
これは俺と京のゲームだ。どちらが先に捕まるか……
勝負の行方はまだ見えない。

「あ、そうそう。お待ちかねのプレゼントを貰わなくちゃな♪」
「何がお待ちかねだ。プレゼントなど…」
「ないって言うんだろ?わかってるよ。ココまで来た時点で期待してなかったし」
「ならば諦めるんだな」
「だから、お前の時間、俺にちょうだい?」
「は……?」

京はじっと庵の瞳を覗き込んでいる。また何を言い出すんだ…
庵を見つめるその瞳は無邪気なものから、鋭い刃物を思わせるものへと変わっていく。

「勝負、しようぜ。KOFじゃオロチのせいでそんな余裕なかったしな。そろそろどっちが強いのか…決着つけ
 ようじゃねぇか。それが俺へのプレゼント。簡単だろ?」
「……いいだろう。今日こそは無様に這いつくばるお前の姿を拝ませてもらうぞ」

不敵とも喜びとも取れる表情で笑う京の瞳には、その身に宿すものと同じ紅い炎が宿っている。庵はそんな京の
瞳に目を細め、京と本気で闘える喜びに身を震わせる。やはり二人は根っからの格闘家なのだ。

京が本当に本気になれるのも庵だけ。庵が本当に本気になれるのは京だけ。
京が生まれていなければ、また、庵が生まれていなくとも、こんな未来いまは存在しなかった。
互いの存在がどちらか一つでも欠けていれば、今日この日を迎えることは出来なかった。
偶然ではない、必然とも言える今、この時を迎えられる奇跡に、ありったけの感謝を・・・

生まれて来てくれてありがとう・・・

   


…ハイ、言い訳のしようもない京ちゃんの誕生日ノベルでございます。
待っていて下さっていた皆様に、謝罪と感謝を申し上げます・・・
そんなこんなでやっとこさ出来上がりました。
設定は97の後?ここから98に繋がっていく感じでお願いします;
おそらくラブラブなノベルが多い中でこのようなものは珍しいと思います。
これ一体何なんですかね?ヘタすりゃ京庵の京→庵みたいな?
修正しようとしてあまり出来ていないという…orz
でも、私の中では庵京の庵←京ですから!
そんで心の奥底では庵も京のことを……みたいな。
はぁ…表現しきれてませんね;実力不足ですみません;;
こんなものでも、待った甲斐があったと思ってくだされば幸いです。

05.12.25