まだまだ寒い2月の初頭。K’はコートにマフラーをきっちり着込んで、外を歩いていた。
その手にはスーパーのビニール袋を提げている。


「寒‥‥」


寒風が吹き、その身を震わせる。こんな日はコタツでぬくぬくしているに限る。なのに。


「おつかいなんか頼みやがって‥‥」


ブツブツと文句を言いながら猫背で歩を進める。その歩みは競歩並みに早い。余程寒いのだろう。
K’は寒がりだ。普段はそれはもう暖かな格好をしている。といっても、決して着膨れている訳ではない。全く
人の目を気にしていない割に、服をスマートかつ自然に着こなしているのだ。センスはかなりいい方らしい。
…今はコートに隠れて見えないが。
早く暖かな自宅に帰ろうと一人競歩をしているK’に、前から大きく手を振って元気に呼びかける存在があった。


「K’さぁ〜ん!!」
「真吾・・・?」


真吾の存在に気付き、歩くスピードを落とす。真吾はいつもの学ラン姿ではなく、ジーンズにラフなパーカー姿
といった出で立ちだ。こちらは防寒具を一切身につけていない。
K’が真吾のところに着く前に、真吾がK’の方へ笑顔で走り寄る。突然の真吾の登場に、寒さやおつかいへの
不満はどこへやら、自然とK’の口角が上がる。愛の力は偉大だ。また、ただ単に単純とも云う。


「どうしたんだ?」
「えへへ、K’さんちに恵方巻きを届けに行ったらK’さんがおつかいに出てるって言うから、迎えに来ちゃい
 ました」
「そうか‥‥」


迎えに来たということはこのまま一緒に家に来るらしいと理解したK’は、今度は普通のスピードで歩き出す。
真吾も当たり前のように隣に並ぶ。


「その格好でよく寒くないな」
「K’さんが着込み過ぎなんですよ。それに子どもは風の子ですからね!これくらいの寒さはへっちゃらです」
「そうか‥‥‥」


元気な真吾を見て、真吾らしいなと穏やかに微笑んでいる。見る人が見なければ分からない程の笑みだが、真吾
にはちゃんと見えていた。その笑みに嬉しくなって、真吾もまた、笑みを深める。


「それで、何を頼まれたんですか?」
「豆。何でわざわざ豆を買いに行かなきゃならねぇんだか…」
「ああ、今日は節分ですからね。ちゃんと鬼のお面ついてるの買いました?」


先程の不満を思い出し顔を顰めるK’だが、変わらぬ笑顔でにこにこと返す真吾。ビニール袋を覗き込んでいる。


「節分‥‥?」
「そっか。K’さんは知らないかも知れませんね。日本には昔から節分っていう行事があって、邪気を払うため
 に豆を撒くとか、自分の年の数だけ豆を食べたりするんですよ。俺が持ってきた恵方巻きも節分の行事の一つ
 で、恵方巻き一本丸々咥えて無言で食べきるとその一年はいいことがあるとか…」
「くだらねぇ…どうせ迷信だろ」


予想通りのK’の反応に真吾は苦笑する。


「でも結構楽しいですよ?鬼役を決めて豆を投げたりして。子どもの頃は父さんが鬼役でしたけど、最近じゃあ
 俺が鬼役で…実は恵方巻きは口実で、家から逃げてきたんスけどね」


たはは…と頭をかいて力無く笑っている。真吾も家では辛い立場にいるようだ。そうか…と一言言って黙り込む。
K’は無口だ。口ベタということもあるが、いつも話しかけるのは相手の方で、今も真吾が喋らなければ会話は
続かない。だが、この沈黙はそれだけではないような気がして、真吾も黙り込む。

何かマズいことでも言っただろうか。
もしかしたら、家族のことを話したのがいけなかったのかも知れない。


「あの‥‥K’さん?」
「鬼か‥‥」


ボソッとK’が小さく呟く。その小さな声は真吾の耳にも届いた。鬼がどうかしたのだろうか。


「何ですか?」
「鬼はあの女で決まりだな」
「あの女って…ウィップさんのことっスか?何で鬼がウィップさんになるんです?」


訳が分からず首を傾げる真吾。ウィップは女性だし、とても鬼役が似合うとは思わない。言っちゃ悪いが、どう
考えても鬼役はマキシマに決定だと思うのだが・・・


「だってアイツは鬼バ「K’さん、そんなこと本人の前で言わないでくださいね。血の雨が降りますから」


全てを言い切る前にK’を止める真吾。こんなことを本人の前で言ったが最後、K’は血の海に沈むことだろう。
その前に阻止できてよかった…と本気で安心する真吾である。


「まだ最後まで言ってない」
「大丈夫です。言わなくても分かりますから」


不満げなK’に早口で諭す真吾。気疲れから少々俯き気味だ。

先程の沈黙は物思いに沈んでいたのではなくこのことを考えていただけのようで、完全に取り越し苦労だ。
哀しいやら嬉しいやら‥‥
微妙な気分を払拭するために、最後に節分に一番大事なことを教えようと口を開いた。


「それでですね、ここからが一番大事なところなんです。鬼に豆を投げる時に、鬼は〜外、福は〜内、って言い
 ながら投げるんですよ。鬼‥‥つまり、悪いものは外に出て行け、福は内に来いって意味なんですけどね」


調子をつけて楽しそうに説明するも、K’はまた何やら考え込んでいた。何も難しいことは言っていないのだが、
どこが悪かったんだろう。それとも、また先程のようなことを考えているのだろうか。だったら周りの安全の為
にも止めて欲しいのだが‥‥


「‥‥真吾」
「はい?」
「フクって何だ?家に来て欲しいものなのか?」
「フクじゃないですよ。福です」


微妙なズレのある発音を直して改めて優しく教える。そのK’の一言で納得がいった。どうやら福の意味が分か
らなかったらしい。確かにあまり聞き慣れない単語ではあるし、日本人ではないK’には難しかったようだ。


「福っていうのは、幸福、幸せの福です。英語で言うとhappinessってとこですかね」
「幸せの意味ぐらい分かる」
「そうですか?まぁつまりは、今年一年、幸せが訪れますように、ってことです」
「‥‥‥なら俺は豆撒きする必要はないな」
「え。何でっスか?」


無意識にK’が呟いた声が意外にも真吾にも届いていて、己の迂闊さに小さく舌打ちすると真吾の問いかけには
答えず、スタスタと歩を進める。真吾はK’の台詞が気になって仕方ないらしく、右から左から顔を覗きこんで
は問いかけている。


「K’さん、何でっスか?」
「‥‥‥」
「何で、K’さんには豆撒きは必要ないんですか?一緒にやりましょうよ〜」
「‥‥‥‥‥」
「絶対楽しいと思うんだけどなぁ〜‥‥」
「‥‥‥‥‥‥‥」
「やらないならやらないで、理由教えてくださいよぉ〜」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
「すっっっごく気になるんですけど‥‥」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
「K’さんっ!!」


前に回り込み、大声を出して、やっと歩みを止めたK’。顰めっ面をして、真吾を睨みつける。その睨みつける
攻撃も大して効いていない真吾が拗ねて(怒って?)頬を膨らましている。


「無視しないでくださいよ!少しくらい教えてくれたっていいじゃないっスか」


こうなった真吾は結構手強い。それはK’も過去に経験済みだ。ふぅ…と小さく溜め息を吐く。


「必要ないからに決まってるだろ」
「だから、何で必要がないのかを聞いてるんです」
「豆撒きなんて下らねぇことをやりたくねぇだけだ‥‥」
「それじゃ必要ない理由になりませんよ。さっきはそんな感じじゃなかったじゃないっスか」


真吾は普段は鈍いくせに、こういう時だけは鋭い。野生の勘と言うべきか。K’は余程言いたくないようだが、
観念するしか道はなさそうだ。何より北風がビュービュー吹いていて寒い。一刻も早く帰ってぬくぬくしたい。
その思いがK’の口をほんの少しだけ軽くさせる。


「‥‥‥‥ってくる‥」
「え?すみません。小さくて聞こえませんでした。もう一度言ってくれますか??」
「だから‥‥必要ねぇだろ?そんなこと願わなくても向こうから勝手にやってくる‥‥寒さに負けない、飛びっ
 きり元気でしつこいヤツがよ」
「へ‥‥?」
「‥‥もういいだろ」


呆然としている真吾の横を足早に通り抜けるK’。その後ろを慌てて追いかける。


「K’さん!?今のって‥‥!//」
「‥‥‥‥‥‥‥」


やっと追いつき、隣に並んだ真吾が見たK’の顔は‥‥ほんのり赤くなっている気がした。
それは寒さのせいなのか、それとも‥‥


「お前がいくら平気でも俺は寒いんだ。早く帰るぞ」
「へへッ‥‥‥はい!」


それはちょっとした冬の最後の一幕‥‥
幸福を運ぶのは、本当は豆じゃないのかもしれない。



                                            〜終〜




これは何となくイメージは頭にあったんですけど、書こうか書くまいか迷いに迷って、
結局書くことに当日になって決めて、予想通り一日遅れたといういわくつきの代物です。
ただ、鬼バ(自主規制)というK’と豆撒きをしない理由を書きたかっただけだったりします(笑)

こんなのK’じゃないと思ったそこのお方。あなたが正しい!
うぇ〜ん、K’って難しいよぉ〜!!o(><)o
もっと素敵に格好よく書きたいのに・・・中々思い通りには行かないもんです。

06.2.4