「ここだ」


家の鍵を開けて京を中へと案内する庵。結局何も判らないままにここまで連れて来させられてしまった。一方、
企みが巧くいった京は遠慮なく庵の部屋へと上がりこむ。

「へぇー、マンションか。結構いいとこに住んでンじゃねぇか。八神のくせに」
「何だ。その『八神のくせに』というのは」
「細かいことは気にすんなって。それよりクーラー入れて、クーラー。暑いったらねぇ」
「あ、ああ」

ピピッ

少しして冷たい人工の風が部屋の中を循環し始める。この分だとすぐに室温は下がるだろう。京の望み通りに。

「あぁ〜〜〜涼し〜〜〜」

冷房の風があたる人の家のソファに我が物顔で埋もれている京。両手足を投げ出し、だらしのない格好だ。初め
て訪れた場所だというのに、礼儀のかけらもない。まるで何回も来たことがあって馴れている親友の家に来たか
のようだ。ちょうど紅丸の家に来たときのように。京の俺様ぶりはまだまだ続く。

「何ぼーっと突っ立ってんだ?お前、お客に茶も出さないのかよ。俺冷た〜い牛乳な」
「…そんなものはない」

京のそんな態度を立ったまま、観察していた庵は注文されていささか憮然とした顔をしている。いきなり難癖を
つけられて部屋に上がられて偉そうにされれば誰だってそんな顔になるだろう。そんなことは全く気にしない京
は続けてオーダーする。

「ないのかよ?仕方ねぇな。コーヒーくらいはあるだろ?」
「ああ」
「じゃそれでいいや。アイスで砂糖たっぷり」
「わかった」

庵はキッチンへ移動するとコーヒーを淹れる準備をする。そこでふと庵は我に還った。

…俺は何故ヤツの言うことを聞いている?
というか、そもそも何故ここにヤツがいるんだ?

再び混乱に陥った庵。コーヒーを淹れながら、冷静に、今日の行動を振り返ってみることにした。

確かいつも通りに京をつけていたら二階堂紅丸とかいうチームメイトと共にサ店に入っていったので、外で監視
をしていて‥‥京が一人で出てきたから、後をつけて‥‥そうしたら、京につけていたことがバレて…責任とか
何とか因縁を‥‥それだ!

そこが今日のキーポイントだ。

しかし、一体何の責任だ?
苦しい思い、とか言っていたな。俺が元凶だから責任を取れと‥‥
まさか…京が俺のことを?
………いや……京のことだ。まだわからん。本人に直接聞いてみるか……

カップを二つ用意してコーヒーを注ぐと、片方にきちんと京に言われた通り砂糖をたっぷり入れた。加減が分か
らないので3杯程。

「京、コーヒーが出来たぞ」
「サンキュー♪」

リクエスト通り、冷た〜い砂糖たっぷりのコーヒーをソファの上で一気に飲む京。汗が伝い、上下する喉が妙に
艶かしい。そんな京の姿にゴクッと喉を鳴らす。

「ふぅ〜〜美味かった。八神、丁度いい甘さだったぜ。褒めてやる」

あれでか?砂糖を3杯入れたのだぞ?という言葉をすんでのところで喉元まで押しやり、京の隣に座って自分の
カップを目の前のテーブルに置く。謎を解くのは早い方がいい。

「京……」
「あ?何だよ」
「責任とは何だ?」
「は?」
「は?じゃない!貴様、俺に責任を取れと言っただろう…」
「ん〜……?」

少し上を見上げてそのまま動きが止まる。おそらく思い出しているのだろう。涼しくて機嫌がいいのか、えらく
素直だ。少しして思い至ったようでポンと軽く手の平の上に拳を置く。

「ああ、あれな。今日紅丸と話しててな・ぜ・かお前の話題になったんだ。それで紅丸が変なことを言い出しや
 がったから言い合いになって、俺が店を出て行った」

なぜかのところに妙に力が入っていた気がするが、きっと嫌味なのだろう。今の京の言葉によると俺の尾行には
とっくの昔に気づいていたらしいからな。話しかけてくれれば良かったものを・・・(寂しがりやさん/笑)

「それで?」
「それだけ」

要領を得ない京の話にイライラしつつも先を促せばとても短い返事がごくごく自然に返ってきた。思ってもいな
い返事に間抜けな声を発してしまう。

「は?」
「だから…それだけ」

…どうやら本当にそれだけの話らしい。確かに、サ店から出てくるときの京は荒れていたように見えた。対して
二階堂は澄ました顔をしていたような…いや、二階堂のことなどどうでもいい。問題は・・・

「それがなぜ俺の責任に結びつくのだ?話を聞いてると俺は特に関係ないように思えるのだが…」
「いつもいっつもいっっっっつも俺に憑いてくるお前の話題になって話が変な方向に行くし、それで紅丸と言い
 合いになってせっかくの唯一涼めるところから追い出されたんだ。お前の責任せいだろ」

プチ・・・

あまりに理不尽な話とこれまでの京の言動に流石の(?)庵も堪忍袋の尾が切れた。クールな八神庵は姿を消し、
声を荒げて怒りをぶちまける。ところどころ声が裏返っているのはご愛嬌。

「そんな貴様の事情など知るかぁ!それはていのいいこじつけではないのか!?暑いのくらい我慢しろぉぉ!
 それでも貴様は炎の使い手かぁ!!」

その庵の声を切欠きっかけに京も反撃を開始する。

「炎使うのとこの暑さとは別物だろぉが!じゃあお前は暑くねぇのかよ!」
「フン…これぐらいの暑さ、どうということではない」
「あ〜あ〜、そうだよな!お前蛇だから低体温で変温動物だったよな!そりゃあ暑くねぇよな。人間じゃねぇん
 だからよっ!」
「だれが蛇で変温動物だっ!低体温は当たっているが、俺はれっきとした人間だ!!」
「れっきとした人間は暴走なんかしねぇんだよ!俺のほうがよっぽどまともだぜ!」
「まがりなりにもまともを語るのならば高校くらいストレートで卒業しておけ!」
「あぁ?!ンだとぉ!!」

売り言葉に買い言葉。言い争いはどんどん激化していき、冷房の利いた涼しい部屋には暑苦しい怒号が飛び交う。
お互いの悪口を言い尽くした後やっと部屋は静けさを取り戻した。いまや冷房の稼動音と二人の息切れの音しか
聞こえない。

「…ハァッ…ハァッ……そ、そもそも…何故俺の話題で二階堂と言い合いになったんだ?変なこととは何だ?」
「ハァ…ハァッ…そ、それは……」


【八神の奴…お前のこと好きだったりして…】


すぐに息を整え冷静に戻って詰め寄る庵の言葉に、あの時の紅丸の言葉が頭に蘇る。京は何となく目を逸らした。

「何だっていいだろ、そんなの」
「ほぅ…俺のことで言い合いをしたのに、その俺には言えないことなのか」


【んで、お前もまんざらでもないと…】


違う・・・


「そんなこと言ってねぇだろーが!」
「ではどういうことだ?」

頭の中の幻に反論してしまった京の言葉に庵は楽しそうにニヤニヤと笑っている。
くそっ…紅丸の奴が変なこと言いやがるから……


【八神と闘ってる時のお前…すごく楽しそうだぞ】

【目が生き生きしてるし、楽しくてしかたねーって顔してるぜ】


何で今思い出すんだよ……!消えろ!消えやがれっ!!


【八神の野郎も口ほど本気で闘っちゃいねぇよ。】
【ただお前と遊びたくてちょっかいかけてるだけなんじゃないのか?】


違う……違う違う違うっ!俺は……!

京は俯き、拳をギュッと固く握り締める。

「八神…」
「ん?」

人をバカにしたような、しかし優しい響きが耳に残る。その声に京はある決意を固めた。

「お前……本気で俺と闘ってないだろ」

声のトーンを落とした京の意外な言葉に庵は目を瞠った。

「何を急に言い出すんだ、って思ってるだろ? 本気で俺を殺す気なら、機会は何度もあったはずだ。今だって
 不意打ちでも毒殺でも何だって出来るじゃねぇか」
「そんな卑怯な真似はしない。正面から闘って貴様を倒さなければ意味がないからな」

気を悪くしたのか、ムッとした表情をする庵に京は驚くべき提案を出した。

「…わかった。なら、今すぐやろうぜ」

「なに?」
「俺を殺したいんだろ? ならいいじゃねぇか。確か……近くに空地があったよな。そこで決着をつけようぜ。
 逃げんなよ……」

バタン!

低いドスの利いた声を最後に、冷たい空気を纏わりつかせ京は部屋を出ていった……


    



半年…ですか。
月日が経つのは早いものですね・・・orz
大変お待たせ致しました!!(汗)

06.6.21