「海馬ぁ〜今帰ったぜ!!」
「凡骨か、遅かっ……」
城之内の帰宅に仕事であるパソコンから顔を上げると、テーブルの上にはオレンジ色の楕円形の物体が3つ。
その物体を持ってきたであろう本人は流石にちょっと重かったか、と楽しそうに笑っている。
「……カボチャ、か?」
いきなりカボチャを買ってこられても海馬にはよくわからない。城之内が何故楽しそうなのかも。
いくら育ち盛りとはいえ3つもいらないと思うが……
海馬に言いさえすれば、カボチャなどそれこそいくらでも食べられるのだから(といっても城之内は絶対に
ソレをしないのだが)。だが、カボチャが食べたかったから買ってきた訳ではないのだろう。食べるのなら
ば、普通に緑のカボチャを買ってくればよいのだ。わざわざオレンジ色のカボチャを買ってくる理由など、
どこにもない。海馬にカボチャに関する知識がそこまであるかどうかは疑問だが、もしあればそれくらいは
判ったのかもしれない。
「そ。通りかかった店で売ってたから買ってきたんだ。今月はちょっと余裕あるからな♪」
「何故3つも必要なのだ。食い意地の汚い犬だな」
「違ぇよ!俺は2つだけでいいって言ったのに八百屋のおばちゃんがおまけしてくれたんだ。って、俺は犬
じゃねぇ!!」
「そもそも何故カボチャなんだ?貴様の取る行動は理解できん」
吼える城之内をサラリと無視し、自分の疑問を続ける海馬。余計な一言が多いのも海馬らしい。
「一々ムカつく野郎だぜ……」
「フンッ…いいから早く質問に答えろ」
「それが人に教えてもらう態度かよ」
「飼い犬の行動を理解しようとしてやっているんだ。ありがたく思え」
「ンだと……!」
しばらく恋人同士が交わすようなものではない熱い視線がぶつかり合って火花を散らしていたが、先に視線
を逸らしたのは城之内だった。
「止めた。せっかくのウキウキした気分が台無しになっちまうからな。お前そーいうの疎そうだし。
仕方ねぇからヒント出してやるよ」
海馬より上に立てるのが嬉しいのか、胸を張ってニィッと笑顔で答える。
「さて、今は10月の末。中秋の名月は終わって次のイベント。31日。仮装パーティー。お菓子とイタズラ。
Trick or Treat!!」
極めつけとばかりに両手を広げ、大げさにリアクションしてみせる城之内。一々やることが可愛いヤツだ…
出されたヒントを元に、頭の中で正しい答えを導き出す。といっても、答えを言ったも同然なヒントだが。
「・・・ハロウィン、か?」
「正解〜♪」
よくできました、とばかりに頭を撫でられる。ムッ…と眉を顰めて腕を払おうとするが、既に腕は離れた後
だった。今日の城之内の機嫌が常とは格段にいい。ハロウィンが近いから、ということになるのだろうか?
だったらこのままでいてほしいのだが……今後のためにも。
「それで、そのカボチャをどうするつもりだ?まさか食べるつもりではないだろうな」
「ハロウィンでカボチャって言ったら決まってるだろ?ジャック・オー・ランターンを作るんだよ。
んで飾る」
「貴様がか?」
今の時期、城之内はバイトで忙しい。また少ししたらクリスマスやら何やらで駆り出されるのだろう。この
時間に帰ってくるのも珍しいくらいなのだ。だから時間を持て余してこんな子どもじみたことを思いついた
に違いない。一端の大人以上に働いているとはいえ、やはり中身はまだまだ子どもらしい。いや、城之内に
限って言えば仔犬か。人懐こく、すぐ飼い主にキャンキャン吼える。そんなところも気にいっているのだが。
「お前も作るんだよ」
「なに?」
「だって最初はモクバと二人で作る予定だったのに予想外に3個貰っちまったし、余るのも勿体ねぇしな。
3人で作って見せ合いっこしようぜ♪」
「……断る」
「何でだよ?楽しいぜ?」
「やってもいないのに何故判る?俺は仕事で忙しい。そんな下らんことに付き合っている時間もない。作る
のならモクバと2人で作るんだな」
「そんなつまんねぇこと言ってないで一緒に作ろうぜ?たまにはモクバとも遊んでやれって。
こんな機会めったにねぇぞ?なぁ、海馬ぁ〜!」
拗ねたような媚びるような表情に、上目遣いで腕に巻きついてぐいぐい引っ張っている。そんな顔も中々…
その顔と行動に免じて付き合ってやってもいいんだが、もっと城之内を苛めてみたい欲求がどんどん膨らむ。
海馬はその欲求に素直に行動することにした。あんな顔をする凡骨が悪い。
「くどいぞ。やらんと言ったらやらん。離せ、俺は忙しいんだ」
「海馬……」
軽く腕を振り払い、冷たくそう言い放つと城之内は一瞬傷ついた顔をして俯いてしまう。そんな城之内に、
また海馬の加虐心が擽られる。本当に可愛いヤツだ。
「……わかった」
「フン、ようやく判ったか。物分かりの悪い犬だな」
「犬じゃねぇ!海馬、お前負けるのが怖いんだろ」
「なんだと…?」
俯いていた城之内はキッと顔を上げ、海馬を睨みつけている。応えるように睨みつけてくる海馬の視線にも
負けず、城之内は言葉を続ける。
「お前、手先は不器用そうだもんな。不恰好なジャック・オー・ランターンを作って、俺に負けるのが怖い
んだろ?モクバに恰好悪いところは見せたくないもんな」
「凡骨が…!思い上がるなよ。貴様ごときがこの俺に勝とうなんぞ百年早いわっ!寝言は寝て言うんだな」
「なら作ってみろよ。どっちが上手く作れるか……勝負だ、海馬!」
デュエルのときのようにビシィッと人差し指を突きつける。勝負を持ち出せば海馬は逃げない。プライドが
高いヤツだからな。こうすれば乗ってくるはずだ。案の定、海馬はその言葉にニィッと口端を吊り上げる。
「…よかろう。その勝負、受けて立つ!そこまで言うからには余程の自信があるのだろう。貴様のその自信、
叩き折ってやるわ!!」
「ヘッ、その言葉後悔すんなよ?返り討ちにして、テメェの鼻をへし折ってやる!!」
売り言葉に買い言葉で話は急速に進んでいく。当初の目的を忘れた二人の負けず嫌いが現れた瞬間だった。
「審査員はモクバでいいよな?」
「フン、誰が見ようが勝負は決している。この俺の勝ちでな」
「今のうちに言っとけよ。数時間後にはその口塞いでやるぜ!」
「ほぅ……凡骨にしてはいいことを言ったな」
「それはお前の方……へ…‥?」
予想外の海馬の答えに間抜けな声を出してしまう。別に海馬が感心するようなことを言ったつもりはないん
だけど……
「な、何が…?」
「勝っても負けても何もなし、というのはつまらんからな…。今お前が言った通り、俺が勝ったらその口、
塞がせてもらおう」
「は……?」
「クックック……夜が愉しみだな」
「なッッ………!!////」
そういう意味かよっ!!//コイツが笑うとロクなことがねぇ…ってか絶対キスだけで終わる気ねぇだろ!?
コイツがキスだけで終わったことなんて一度もねぇからな!
「ふざけんなっ!!ンなことさせっかよ!//」
「嫌なら勝てばいいだけの話だ。それとも勝つ自信がないのか?」
「冗ッ談!!テメェなんかに負けてたまるかよ!」
「ならば、異論はないはずだが…?」
厭味ったらしく笑っている海馬。その顔に城之内の中の何かが切れた。さっきとは違う理由で顔が赤くなり、
考えるよりも先に口が動いていた。
「あぁ、上等だぜ!!その条件呑んでやるっ!」
「フッ、決まりだな。その言葉を忘れるなよ?」
「その代わり、俺が勝ったら何でも言う事聞けよっ!?テメェだけ得するなんてズルいからな!」
「よかろう。貴様が勝てれば、な」
「絶対負けねぇ!!」
「やってみろ、凡骨風情が。何の勝負だろうが、貴様に万に一つも勝ち目がないことを証明してやろう」
「凡骨言うなっ!」
その日、部屋の棚の上にはどこか憎めない顔のものと、まるで見本のようにとても綺麗な顔つきのものと、
少しぎこちないが可愛い顔のものと、3つのジャック・オー・ランターンが仲良く並んでおりましたとさ。
おしまい☆
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