新しい弁護の依頼を受けて依頼人の為に警察の資料を必要とした僕は、御剣に資料室に入らせてもらう約束を
取り付けた。そして警察署に向かう途中、突然雨に降られた僕はびしょ濡れになりつつも慌てて警察署へ駆け
込んだ。警察署のロビーで御剣と合流した僕は、訳が分からないまま強引に御剣に引っ張られて誰もいない、
奥の小部屋へと案内された。そして、現在に至る。

「いい加減離せって!」
「‥‥‥‥」

ロビーからずっと掴まれていた僕の腕はそこでやっと解放された。掴まれていた腕を摩るが、鈍い痛みがまだ
腕に残っている。

「ふぅ‥‥一体何なんだよ‥‥うわっ」

次の瞬間、御剣は何も言わずに僕の頭をわしわしとタオルで乱暴に、だがどこか丁寧に拭き始めた。
あ、気持ちいぃ……じゃなくて!

「やめろって!」

思わず叫んでしまった僕の声にピタッと髪を拭いていた手の動きが止まり、その隙にタオルを剥ぎとる。目の
前に御剣の眉間に皺が寄った顔が見えた。僕の髪を拭いていたせいか、少し顔が近い。

「何故先に行けと?」
「何故って、急に寄るところが出来たんだよ。お前こそ何怒ってるんだよ」
「怒ってなどいない」

…即答だ。御剣って怒るといつも以上に言葉少なになるんだよな。眉間に寄った皺といい、やっぱり怒ってる
じゃないか。

「いーや、怒ってるね。何で?」

そりゃいきなり約束を変更したのは悪かったけどさ、と小声で呟く。
元々は御剣が僕の事務所まで来てくれて、そこから御剣の車で此処に来る予定だったんだ。正直最近よく動き
回ってヘトヘトだったからその時はその申し出を有難く受けたんだけど、僕の担当している裁判について急に
新しい情報が入ってさ。一刻も早い情報の確認と証拠を探すために約束を変更して「先に行っててくれ」って
言った訳だ。でも、それだけで怒るか?事前にちゃんと連絡はしたし、怒られる謂れはないぞ?

「…傘ぐらい持っていなかったのか」
「え、うん。さっきまで晴れてたのに、いきなり降ってきてさぁ。降ってきたのは警察署がもうすぐそこって
 とこだったし、走れば大丈夫かって…御剣?」

御剣の皺が深くなっていく。僕が訝しんでいると、溜め息混じりの不機嫌な声が返ってきた。

「ふぅ……何のために私が車で迎えに行くと言ったのだ」
「え?雨が降るって知ってたの?」
「無論だ」
「それなら教えてくれればよかったじゃないか!」

成歩堂は怒りも露わに私に非難の視線を送ってくる。俗に言う逆ギレだ。
何故私が怒られなければならないのだ……まったく、まだまだ子どもだな。

「どうせ一緒に行くのだから必要ないと思ってな。言わなくても知っているものとも思っていた。キミは天気
予報も見ないのか?」
「う……悪かったよ。昨日寝たのが遅くて、朝起きれなくてさ…」

彼は良くも悪くも熱心だから、昨日も明け方くらいまで起きていたに違いない。そのことを思うとあまり強く
は言えないが……だが、それでも。

「それで怒ってたのか?」
「いや…まぁ…そうなの、だが…」
「何だよ。歯切れ悪いな」

成歩堂の不思議そうな視線から、私は目をそらす。そんな目で見ないでくれ…

「その…君があまりに無防備なものだから…」
「は?」
「だから、もう少し周りに気をつけて欲しいのだ」
「悪かったな。気がきかなくて」
「そうではなく!…もっと自覚してほしいと言っている」
「自覚?何の」

成歩堂は手を顎にあててちょこん、と首を傾げる。その様はとても可愛らしい。

それだ!そのことだ!と声を大にして訴えたかったが、ここはぐっと堪える。天然なのだからこればかりは仕
方ない、と私は自分を納得させる。成歩堂は子どもの時から全くと言っていいほど変わっていない。これでも
まだ今は収まった方なのだ。だから、仕方がない。仕方ないのだが…。そんな無防備な表情を私以外には見せ
て欲しくない。そう思わずにはいられないのだ。まさかそんなことを直接言える訳はないから、あまり強くも
言えない。言えたとしても私の気持ちに気づくかどうか…まぁそれはともかくとして、とても複雑な心境だ。

「とにかく。これからは気をつけてくれ。頼むから」
「……?わかったよ」

懇願するような御剣にまだ釈然とはしない顔で僕は頷いた。
よくわかんないけど…天気予報は必ず見ろってことなのか?僕だって今日みたいな目には遭いたくないから、
気をつけるけどさ。……あれ、そういえば何で僕の後に御剣が来たんだ?僕より先に出たはずなのに。

「そういえば、お前何で来るのが遅かったんだ?」
「別に…何でもない」

御剣の目が泳いだのを僕は見逃さなかった。職業柄、人の表情を読むことがもう嫌ってほどに身に染み付いて
いるからだ。無意識に普段からしてしまう、一種のクセみたいなものだ。気になった僕は御剣にカマをかけて
みた。

「いーや、そんなはずはないだろ。僕を騙せるとでも思ってるのか?」
「……またお得意のハッタリか」
「あれ〜?今の間は怪しいなぁ。それに、ただのハッタリかどうかはキミが良く知ってるんじゃないか?」

成歩堂の顔には不敵な笑みが浮かんでいる。いつも法廷で見せるいきいきとした表情だ。ここは法廷ではない
が、いつの間にか立場が逆転している。全く、成歩堂にはかなわないな。

「‥‥‥別にたいしたことではない」
「えっ…何、これ?」

私は傍に置いておいた紙袋を手に取り、それを成歩堂につきつけた。成歩堂が両手でそれを受け取ったのを見
て、話を始める。

「いつまでそんな格好でいるつもりだ?さっさと着替えろ」
「え?」

成歩堂が紙袋の中を覗きこんでいる。中には着替えと真新しいタオルを入れておいた。成歩堂のことだから、
こうなることは目に見えていたしな…

僕が中を見てみると、そこにはタオルと着替えらしきものが入っていた。
えっ…と、今までの話を総合すると……

「もしかして…これ、僕のために?」
「キミのことだから、こうなることは予想していた。大したことではない」
「そっか…。ありがとう御剣」
「ム…大したことではないと言っただろう。気にするな」

何だかんだ言っても僕のこと心配してくれてるんだよな、御剣って。素直じゃないから分かりにくいだけで。

「それでは私は外にいる。着替えておけ」
「うん、わかった」

御剣はそういって部屋から出ていった。
確かにこのままじゃ風邪引きそうだし、ありがたく借りるとするか。
スーツ、Yシャツを脱ぐ。ふわふわのタオルで身体を拭いて、真新しいシャツを紙袋から取り出したその時、
何かが白いものが落ちた。
ん…これは……?

「なんじゃこりゃ〜〜!?!?」

★☆★

「なんじゃこりゃ〜〜!?!?」

半分裏返り気味の成歩堂の悲鳴が私の耳に届く。ム…何かあったのか!?

「どうした!成歩堂!」
「御剣!!」

ドアを開けた御剣の目には、上半身裸のまま背を向けて立ち尽くしている成歩堂の姿が飛び込んできた。よく
見ると、ほどよく筋肉がついていて、色白で……って違う!…成歩堂の身体がふるふると震えている。

ウッ‥//な、何だ?寒いのか?それなら私が暖めて……

「御剣!何だよこれは!?」

そう言って涙目の成歩堂が、私の目の前につきつけたものは…

「フリルだが…何か?」
「何かどころの話じゃない!それと、何だこの無駄に赤いスーツは!」
「失礼な。人が親切で貸したものにケチをつけるな」
「親切じゃないだろイジメだろこれはぁ!!」
「何を言う。わざわざ苛めるためだけに家に戻る程、私は暇ではない!」

ぎゃあぎゃあと大声で騒ぐ大人二名。
御剣が望む関係になるのは一体いつになるのだろうか‥‥?

その後、泣く泣くながら赤スーツを着る成歩堂の姿と、それを見てどこか満足気な御剣がいたとか…。


                                            終わり。




説明にも書きましたが、「彼の人は?」の続きです。
実はこれ、「彼の人は?」の後におまけとして書いていたものだったのですが、
出し惜しみして、ちょっと分けてみました☆
いやー、御剣やっちゃいましたね。いや、俺か(笑)
きっと目撃されて噂になったんだろうな……ペアルック!?って。
いやはや、今や警察庁は二人の噂で持ちきりです。
これからはおそらく強烈な視線を感じることでしょう。
でもきっと彼らは気づかない…
がんばれ、ナルホド君!!ついでに御剣。さっさとくっついてくれたまえ。
はてさて、いつになることやら・・・

05.12.6