「はぁ…疲れた……やっと終ったよ。何とかギリギリセーフだな」
肩に手をおき、首をコキコキと鳴らす。今、成歩堂の前にあるのは厚さ3cm程の書類。
もうあと十数分で年が明けようとしている12月31日の今日、成歩堂宅の机にはそれが積まれていた。
「まさか大掃除の最中に見つかるなんて…」
ついてないよなぁ、と成歩堂は続ける。大掃除もそろそろ終ろうかという時にそれは発見されたのだ…
−残るはこの棚のみですね、千尋さん。
−ええ。チャッチャッと終らせちゃいましょう。
…まったくたかが大掃除にこの私を駆り出すなんて。
−すみません。
−『死者に鞭打つ』って言葉、知ってる?
−いや、でも『立っているものは親でも使え』って言いますし…
−『杖にすがるとも人にすがるな』とも言うわよ。
−申し訳ございません…
−まったくだわ。おかげで静かに眠れないじゃない。あら?ナルホド君これ…
−え?
−まだ終ってないじゃない!
−あぁああ〜〜!!
−仕方ないわね…宿題よ。期限は今年いっぱい。来年に持ち越したくないでしょ?
−……はい。
以上、回想終了。
「さて、今からでも年越しそば作るか」
一人で食べるのは寂しいけど、仕方がない。長く座っていたため、痛む腰を上げた。大きく伸びをしたとき、
質素な呼び鈴の音が成歩堂の耳に聞こえてきた。
「誰だ?こんな時間に…」
もしかして真宵ちゃんかな。確か大事な用事があるから帰るって言ってたけど…
なんて思いながら成歩堂は玄関に出向く。ドアを開けると、はたして…
「御剣!?」
予想だにしない人物に瞠目する。だって、それは出張で今年中には帰国出来ないと言われていた御剣だったん
だから。対して御剣は笑っている。目論見がうまくいって嬉しそうだ。
「何をそんなに驚いているんだ」
「だっ、だって今年中は帰って来れないって聞いたぞ!」
それに僕は自宅の住所を教えた覚えはないぞ!
「フッ、私を誰だと思ってるんだ?」
これまた笑っていつもの通りに答える御剣。まるで心の中まで読んだような答えだ。御剣が平静であればある
ほど、それとは逆に成歩堂は混乱していく。
「てか、君いつ帰ってきたんだよ!?」
「今だ」
「じゃ何でここにいるんだよ!?」
「それはもう少し待て」
「はぁ??」
訳がわからない成歩堂を抑え、御剣は腕時計にチラリと目をやると静かにカウントダウンを開始する。
「5、4、3、2、1……」
ヒュー‥‥パァァン…
何処かで花火が上がる音がした。と同時に、御剣は穏やかな笑みを浮かべる。
「A Happy New Year.本年もよろしく頼む」
「え、あ、あけましておめでとう…こちらこそ、よろしくお願いします……って、そうじゃなくって!」
思わず頭を下げて挨拶を返してしまった成歩堂だがハッと我に帰り叫ぶ。珍しくご近所の目は気にしていない。
というか、する余裕もないのだろう。もしかしたら年が明けて浮かれている人も多いだろうから、これくらい
は大丈夫なのかもしれない。限りなく可能性が高いのは前者だが。
「だから何でここにいるんだよ!」
何だか新年早々叫んでばかりだな…とか混乱した頭の片隅で思うた。一年の計は元旦にあり、というが、今年
もツッコミは冴え渡りそうだ。御剣は更に微笑んで、問いに対する答えを伝えるために口を開く。
「君に、誰よりも一番早く伝えたかったからな」
「へ?」
「君の周りにはいつも誰かがいるだろう?だから奇襲をかけた、という訳だ」
成歩堂はあっけに取られて、止まっている。少しして、「それだけ?」と聞くと、「ああ」と至って真面目な
声が返ってきた。暫くの間呆然とし、やっと出てきた言葉がこれ。
「‥‥何してるんだよ、キミは‥‥?」
「私がしたくてしたことだ。気にするな」
キッパリとした答え。実はその奥の意味を汲み取ってほしい御剣なのだが、成歩堂がそれに気付くはずもない。
「とにかく上がれよ。そのカッコじゃ寒いだろ」
御剣は薄手のコートこそ着ていたが、その他の防寒具は何もつけていなかったのだ。むき出しになっている手
と首元が寒々しい。
「うム。では、言葉に甘えてお邪魔させて貰うとしよう」
「コート貸せよ。ハンガーにかけるから」
「すまないな」
御剣はコートを脱ぎ、成歩堂に手渡す。そのとき、御剣の手と成歩堂の手が偶然触れた。御剣の手は氷のよう
に冷えていて、成歩堂の度肝を抜いた。
「っ!お前、何でこんなに手が冷たいんだよっ!」
「まぁ、外にいたからな」
…もしかして……
一つの可能性に突き当たり、ジト目で御剣を見る。それが本当なら御剣に対する見方は確実に変わるだろう。
それもマイナスの方向に。
「お前……実はチャイムを鳴らす前から家の前にいただろう」
ほんの僅か、御剣の目が泳ぐ。成歩堂はそれを見逃さなかった。
「そんなことはな…」
「ある!そうじゃなけりゃこんなに冷たくなんかならないだろ?」
僕は御剣の手を取って、息を吹きかけて擦る。それは母親が子どもにするのと同じだ。成歩堂としては純粋な
好意だったのだが、御剣の内心はドキドキだ。
「まったく、そんなバカなことしなくても……御剣?」
見ると外にいたからか、顔が赤い。もちろん、実際は違うのだが。不思議に思って聞いてみると、当たり障り
のない言葉が返ってきた。
「い、今まで外に居たからな。暖かいところに入って血行が良くなったんだろう。気にするな」
「そっか。今そばでも食べようと思ってたんだ。一緒に食べないか?」
コク、と御剣は頷く。そして未だ握られている手を見る。既に手は温かみを取り戻していた。まだ手を握って
いた事実に、慌てて手を離して謝る。
「あ、ごめん!」
「…謝ることはない。子供の頃以来やってもらったことがなかったからな。…嬉しかった」
「そ、そう?」
「ああ」
御剣は本当に嬉しそうに笑った。成歩堂はそんな御剣に少し戸惑いながら台所に向かう。
「じゃ、じゃあその辺に座って適当に寛いでて。おそば茹でてくるから」
「成歩堂」
「ん、何?」
「その…この後初詣に行かないか?」
「あぁ、いいよ。少し寝てからな。…お前寝てないだろ?無理のしすぎだ。というか、僕も眠いんだ。何にも
言わないで大人しく寝ろよ?」
また何かを言おうとした御剣に釘を刺す。案の定、御剣は言葉に詰まって大人しく座る。
「……わかった」
「よし。少しの間だから待ってろよ」
まるで子どもみたいだな、と思ったことは内緒にしておく。
「やれやれ、作る量が増えたな」
そう一人ごちる成歩堂の顔はどこか嬉しそうに見える。
一人で寂しく過ごすはずだった正月は、どうやら楽しいことになりそうだ。
〜終わり〜
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