御剣は仕事帰りにきらびやかな街中を運転席から眺めていた。普段とは違って街はイルミネーションで飾られ、
様々なカップルが腕を組んで、楽しそうに歩いている姿が目立つ。そう。今日はクリスマスなのだ。
そんな日に御剣が向かう場所は勿論、成歩堂法律事務所である。
確か成歩堂は昨日で裁判が終ったから、今頃は書類と格闘している事だろう。おそらく、手伝わされることに
なりそうだな。
……どうやら私は成歩堂に相当参っているらしい。今更か。
そこまで考えたところで御剣は苦笑した。苦々しい笑いではなく、仕方ないなといった様子である。
私はいつからこんな風に考えられるようになったのだろうか…答えは分かりきっている。あの事件の、いや、
成歩堂の影響だ。
…君が君を信じていなくても、僕は君を信じる…
…悪夢はしょせん悪夢なんだよ、御剣…
余計な真似を…と思いもしたが今では感謝している。そのおかげで今の私があるのだし、この気持ちにも気づ
くことが出来た。受け入れるのに随分と時間がかかってしまったが。
やがて成歩堂事務所が入っている雑居ビルが視界に入ってきた。車を近くのパーキングに止め、ケーキの箱を
持って車を降りる。差し入れとクリスマス気分を味わわせてやろうという意味を込めて買ってきたのだ。実際
は成歩堂の喜ぶ顔が見たいからなのだが。
ビルの階段を昇っていくと何やら賑やかな声が聞こえてきていて、それは昇って行くにつれ、どんどん大きく
なっていく。目的の階に辿り着き、御剣は事務所のドアの前に立つ。
なんだか騒がしいな…?
「おい、成歩堂…」
どうやらここが声の出元らしい。注意しようと、いつものようにノックしてドアを開けた御剣は目を瞠った。
法律事務所の穏やかで静かな(?)雰囲気はすっかりクリスマス一色に染まっていたからだ。
内装もささやかながらも飾り付けられている。ツリーは…どうやらチャーリーのようだ。電飾をぐるぐる巻き
にされて、ピカピカと光っている。奥の方では真宵ちゃんたちが『黒ヒゲ危機一髪ゲーム』を真剣に睨みつけ
ていた。(ナルホド調)
ドアから吹き込んできた風と冷気に振り向いた成歩堂が御剣に気づき、中に招き入れる。
「あ、御剣じゃないか。いらっしゃい」
「一応ノックはしたのだが…成歩堂一体これは何の騒ぎだ?外まで聞こえているぞ」
「あはは…ごめん。やっぱり聞こえてた?」
頬を掻きながら軽く苦笑する。うるさいという自覚はあったようだ。それでも静かにならないのは彼女たちの
せいだろう。注意しても、収まりそうにない。
「ほら、今日ってクリスマスだろ?真宵ちゃんが『パーティーやろー!!』って春美ちゃんと一緒に事務所に
飛び込んできて…あっという間にこんな感じ。拒否権なんかなかったよ」
チャーリーもあんなになっちゃって……と哀れむような目を向ける。確かに…電飾が重そうにぶら下がって、
葉も下に向いてしまっている。チャーリーには重過ぎるようだ。
「それはそうと、こんな日にどうしたんだい?忙しいんじゃないのか?」
チャーリーを観察していると、ニヤニヤとそう話しかけられた。暗にクリスマスを一緒に過ごす恋人がいるん
じゃないのか?、と揶揄しているのだ。
こいつは、ヒトの気も知らないで…
「…あいにくだが君が思っているような事は一切ない」
「ふーん…意外だな。でもまぁ、御剣だし」
よく分からない納得をした成歩堂。何なんだ一体。
「何だ?それは」
「別に?あまり興味なさそーだな、と思っただけ」
「失敬な。私にだって…」
「へぇー、いるんだ?好きなヒト」
「あぁ。だから……」
だからこうして、ここに来たのではないか。
そう言いそうになって御剣は慌てて口を押さえる。私は今…何を言おうと……!
そんな御剣を見て、クスクスと成歩堂が笑っている。
「顔、赤いよ…?どうしたの?」
「なっ…だっ…!」
誰のせいだっ!?
顔が熱い。体中の血が顔に集まっているみたいだ。御剣が言葉に出来ないでいると成歩堂が笑っていた。腹を
抱えて口を押さえながら、必死に笑いを堪えて。
「プッ…ククク…」
「笑うな…」
まだ顔が赤い今、軽く睨みつけてもあまり効果はない。
「…ゴ、ゴメ…だって…クク…今の…っ…君の顔…ホント…に赤っ…アハハハハ」
とうとう耐え切れなくなったのか、声に出して笑い始めた。…笑いすぎだ。少し経った今でもまだ笑っている。
そんな顔も可愛いのだが。
……………。いっそのこと告げてしまおうか。私の気持ちを。誰のことを想っているのかを。
ちょうど今日はクリスマス。機会としては充分だ。
「……成歩堂」
「な…っ…なに…?」
成歩堂はまだ笑っていた。それでも御剣の覚悟は揺るがない。顔を引き締め、成歩堂を見つめる。
「成歩堂…私は…お前が……」
「御剣?」
御剣の真面目な表情にやっと笑いが収まってきたらしく、きょとんとした顔をしている。
今だ。言え!言うんだ!男・御剣怜侍25歳!
「私は、お前のことが…す…」
「あーー!!!」
* * *
「ま、真宵ちゃん!?どうしたの?」
御剣の一世一代のセリフを遮った悲鳴の主に成歩堂は振り向く。
「黒ヒゲ人形が…飛び出しちゃった…!」
「真宵様!諦めてはなりません!次こそ、次こそは!」
『……………』
憐れ御剣。一大決心をしたのにも関わらず、それは一体の黒ヒゲ人形によって脆くも破れさった。そんな御剣
に合掌…
当の御剣はというと、余りの事態に真っ白になってしまっている。
「あぁ、ゴメン御剣。で、僕が何?」
「……いや、もういい…」
「??」
成歩堂は疑問の表情を浮かべる。それはそうだ。さっきまで真剣な顔をしていたのに、いきなり表情が沈んで
いるのだから…
「あ、御剣検事だ!」
「こんばんわ、御剣検事さん」
ここでようやく御剣に気づくちびっこ達。心の中では、雷雨で崖っぷちに立たされていてそれどころではない
御剣だが、ここは答えなければならない。
「…こんばんは」
「何かお疲れのようですね」
「…いや、そんなことはないさ」
まさか君達のせいだとは言えずに適当に言葉を濁して、愛想笑いを浮かべる。そうだ、この子たちがいるのを
すっかり失念していた…
「あー!ケーキだー!」
その時、ビシッと真宵が指したそこは、狙い違わず御剣の手元。
「え?ケーキ?」
「…あぁ、そういえば忘れていたな。差し入れだ」
手に持っていた箱を成歩堂に渡す。持ち手がくたびれて、少し潰れてしまっている。いつの間にか力が入って
しまっていたようだ。下からずっと持っていたので仕方ないのかもしれない。
「やったぁ!早く開けてよ〜」
「はいはい。…ありがとな、御剣」
極上の笑顔を浮かべ、御剣に感謝の意を伝えた。それだけで御剣の心は癒されるのだ。
「いや、礼にはおよばない」
それが口実で来たからな…//
御剣怜侍…完全復活。(なんて安いヤツなんだ)
「ケーキも来たし、御剣検事も来たことだし、パーティーのやり直しだ〜!」
「(…御剣はついでなのか?)真宵ちゃん…?ということは…」
「もっかいお料理よろしくね、ナルホド君♪」
「はぁ…やっぱり」
力なく項垂れる成歩堂。どうやらここに並んでいる料理を作ったのは成歩堂らしい。食べられていてほとんど
原形を留めてはいないが、なかなか美味しそうだ。
「ナルホド君。私もお手伝い致します」
「あぁ〜はみちゃんはいいの。ナルホド君に任せておけば」
ヒドい言われようだな…ここでは真宵が指導権を握っているらしい。少し手伝ってやるか…
「成歩堂、私が手伝おう」
「えぇ〜一緒に黒ヒゲやろうよ、御剣検事ィ〜」
「ごめん、一緒にやってあげて」
「ム、了解した」
残念だが、成歩堂の頼みでは致し方あるまい。将を射んと欲すれば先ず馬を射よ、というしな。
「早く早く〜」
御剣は真宵たちにそれぞれ手を引っ張られながら、一緒に姿を消した。その姿に何かを憶えつつも、成歩堂は
後ろから手を振る。
「…御剣何を言おうとしたのかな?」
一人になってぽそっと呟く。
御剣に好きなヒトがいるってことが判って、何かを言いかけて…『だから…』って何だったんだろう…。それ
に僕…何かしたか…?
そこまでくれば解るような気もするが…まぁ成歩堂なので。
「まぁ、いいか。それより料理だな」
御剣の好きなヒトの話は料理に、引いては真宵に負ける。御剣の恋は前途多難である…。
おまけにここにもう一人…。
『そう簡単にナルホド君渡したりしないんだからね…御剣検事』
「真宵君?」
「え?」
「君の番だが…」
「あ…うん!よぉ〜しがんばるぞぉ〜!」
終わる。
|