「そこまでだ、コネコちゃん達」
今まで闘っていた戦士達(?)は後ろから聞こえた声に一斉に振り返った。全員の周りに殺気が漂っている。
「あら先輩。いらしてたんですか? 今は取り込み中なので後にして下さい。…すぐに終りますので」
千尋は地を這うような低い声を轟かせた。その隣からもまた…
「ええ、もう、すぐですから」
「……あやめ」
さすがちなみの妹といった所か。いつもおっとりとしているあやめとはまるで別人のようだ。その表情に、
少なからず恐怖を覚えつつも、再び言葉を綴る。
「いや…俺は仲介役としてあんたらを諫めに来た」
「仲介役ですって? そんなものいらないわ」
「そういう訳にはいかない狩魔検事。何せ成歩堂ボーヤからの頼みだからな」
「ナルホド君が!? 何でぇ!」
「ひぃ!」
遠くで成歩堂の悲鳴が聞こえた。千尋達の鋭い視線が飛んだからだ。今頃小さく縮こまっているに違いない。
「そうやっていじめるからだろうが…」
「いじめてなんかいません」
「そうよ。私はただ成歩堂龍一にチョコを渡したいだけよ」
「なら普通に渡せばいいだろう?」
「私のを一番に受け取って欲しいのっ!」
口々に自分勝手なことを言い出す。難しい女心というものなのだろうが、ここまでくるとただの我が儘だ。
ゴドーはぐるり、と全員の顔を見回した。
「はぁ……いいか? 今日は何の日だ?」
「今更何を言っているんですか、先輩。バレンタインに決まっているでしょう?」
バカにしたような声で千尋が言う。その隣では真宵が大きく頷いている。他の面々も呆れたような表情だ。
「そう、だ。チョコ云々というのは日本独自のものだが……元々バレンタインは男女関係ない。相手に愛を
伝え、与えるものなんだぜ」
「愛を…与える…」
「なのに相手を怯えさせてどうする。ましてや競うものでもない」
ゴドーの話を聞き、それぞれがしゅんとした顔になる。だが、冥は違った。
「バカバカしい。それで先を越されたらどうするの」
「それはそれで仕方がない。成歩堂が決めることだからな」
「なっ‥‥!」
言葉を失う冥にゴドーは意味深な笑みを浮かべる。
「それに‥‥奪られたら奪り返せばいいだろう?」
「……それもそうね」
少し離れたところでは、静まる千尋達を見てほっとする成歩堂がいた。
さすがゴドー検事。本土坊さんにも動じないだけある!
あの狩魔検事を黙らせる…もとい説き伏せるなんて。やっぱり年の功…
「成歩堂!」
「へ?」
声に反応し振り返ってみると、息を切らせた御剣がそこにいた。
「御剣じゃないか。どうしたんだ? そんなに慌てて…うわっ」
声をかけられるやいなや、いきなり抱きつかれた。
「ちょっ……御剣、苦しいって…」
そんな成歩堂にはおかまいなく、今度は急に身体を離して真剣な顔で問い詰める。
「無事か? 何もされてはいないだろうな?」
「え。あ〜……うん。一応は」
本当はムチで叩かれたのだが、命があるという点では無事だ。その答えに安心したのか、御剣は安堵の溜息
を漏らした。
「そうか‥‥。しかし、何故ここに居る。糸鋸はどうした?」
「え〜っと、イトノコさんは僕を守って狩魔検事に……僕はここまで逃げてきたんだ」
「チッ…役に立たんな…」
「何か言った?」
「気にするな。それでは疲れただろう。これでも食べるんだな」
「これって…」
* * *
「先輩、ありがとうございました。おかげで目が醒めました」
「物分かりがいいコは好きだぜ。ところで…千尋」
「はい」
じっ、とゴドーは千尋を見つめる。そのまま少し黙った後。
「その…俺への愛(チョコ)はないの…か?」
「……さっきまでのかっこよさが台無しですよ、先輩」
「…クッ! うおおぉぉぉぉ…」
「ヤケ飲みしないで下さい! もう、拗ねないで下さいよ…」
その二人を遠巻きに見ている、部外者二人。
「ヒソヒソ…(何か入り込めない雰囲気ですね)」
「ヒソヒソ…(元恋人だからねぇ)
あれ?御剣検事だ」
「レイジですって? まずいわね…。
ねぇ、あっちは確か成歩堂龍一がいる方じゃなかった?」
少しの沈黙。いいムードを醸し出していた二人も遅れて、こちらの様子に気づいたようだ。
次の瞬間、その場にいた全員の叫びが木霊した。
『ああっ!?』
* * *
成歩堂の手には丁寧なラッピングのかかった小箱が乗っている。色合いは渋めの茶色で黒のリボンで括られ
ていた。いかにも御剣らしい、高級感溢れた小箱だ。
「…何でこんな丁寧にラッピングしてあるんだ?」
「気にするな。重要なのは中身だからな」
「ふぅん…」
気のない返事をしながらリボンを解いていく。蓋を開けると茶色く丸いものが3×3できれいに並んでいる。
「これって…チョコ?」
「そうだ。疲れた時には甘いものというだろう」
得意気に胸をそらす御剣。
「そうだけど…何で御剣が? 君絶対『お菓子業界の陰謀にまんまと踊らされてるな』とか何とかいって女の
子をバカにすると思ってたのに」
「なに?」
成歩堂はほけーっとチョコを見つめている。
「だって…バレンタインのチョコだろ、これ」
「…バレンタイン云々は別として、私は君が甘い物を好きということを知っているからだな」
「わかったわかった。確かに疲れてることだし、ありがたく頂くとするよ」
認めようとしない御剣をなだめ、成歩堂はチョコを一粒口へと運んだ。
「あ、おいしい」
一口食べ終るとすぐに次のチョコへと手を伸ばし、全て平らげてしまった。
「あ〜おいしかった」
「そうか…なら一口頂くとするか」
「え!御剣も食べたかったのか!?もう全部食べちゃったよ?」
成歩堂は空の箱を御剣に見せる。
「大丈夫だ。頂くのはこっちだからな」
言いつつ御剣は成歩堂の顎を掴み、自分の唇を重ねた。
「‥‥〜〜〜!?」
突然の御剣のキスに成歩堂は何とか逃れようと首を振るが、強く抑えられているので余り動けない。いつの
間にか手が腰にまわっている。
御剣は何度も成歩堂の唇を貪る。舌を差し入れ、口腔を舐め回す。成歩堂の中に残ったチョコを味わうよう
に…。
やがて満足したのか、御剣は唇を離した。
「…甘いな」
「は…ぁ……。な、何…するんだよ」
成歩堂は自分の身体を支えられず御剣にしがみついた。そんな成歩堂に御剣は意地の悪い笑みを向ける。
「何だ?感じたのか?」
「バ…カやろ…」
成歩堂は御剣を睨みつける。最も力もなく、赤い顔で睨みつけても余り効果はないのだが。
『成歩堂(君・様)!!』
「え…?あ゛…」
振り向くと、どす暗いオーラを纏った面々がそこに鎮座していた。
「成歩堂…やっかい事を人に頼んでおいて自分はおいしい思いをしてるなんざ…いい度胸じゃねぇか」
「ナルホド君…私たちのチョコを受け取らずに御剣検事のを受け取って食べるなんて…ましてやキスまで…」
「リュウちゃん…ひどいです……」
「見損なったわ。成歩堂龍一」
「え…いや、その」
どうやら見られていたらしい。羞恥を覚えるよりも先に成歩堂はオーラに圧されてじわじわと後ろに下がっ
ていく。そして怒りの矛先は当然御剣にも向いた。
「レイジ…よくもやってくれたわね」
「この卑怯者!」
怒りの言葉を言われた本人は飄々と答えた。
「当の本人を放っておくからだ」
「何ですって!」
「それに…君たちの代物はもう原型を留めていないはずだ。いくら冬とはいえ、ずっと懐に持っていれば…
どうなるか分かるな?」
『!!』
各々の目が愕然と開かれ、自分たちの物に目を向ける。御剣は勝ち誇った口調で続けた。
「つまり君たちは既に負けていたのだよ。成歩堂に逃げられた時点でな」
「くっ…私としたことが……」
「でもでも、最初ナルホド君はチョコを受け取ろうともしなかったじゃない!」
責めるような真宵のその言葉に成歩堂が口を開く。
「それは…」
「おそらく強要したのだろう?君たちがどちらかの、あるいは誰かのチョコを選べと。普通に渡せば成歩堂
も受け取っていたはずだ。そうだろう?成歩堂」
御剣は先ほど後退ったため数歩後ろにいる成歩堂を振り返る。
「……うん」
「え……」
「悪く言えば優柔不断八方美人、良く言えば優しい男だからな…。それを勝手にこだわって自滅した。全て
は自分達の責任だ。成歩堂のせいではない。そういうことだ」
「完敗…ね」
千尋は目を閉じ、静かに笑った。その場にいた皆も同じ気持ちらしく、これでこの騒動に幕が閉じる。
「ちょっと待ってもらおうか」
幕が閉じ…
「御剣…だったな」
閉じたいんだけど…
「俺の話がまだだぜ」
……どうやらまだ続くらしい。
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