ゴドーはコーヒーを一口含んで匂いをかいだ。冷静になってきたようだ。
「オレはたまたま通りかかったところに巻き込まれたんだが?」
「フ……たまたまか。偶然ほど怪しいものはないな。貴方はたまたまで裁判所に入るのか?」
「そういえば…」
御剣の問いに自然とゴドーに視線が集まる。
「クッ…!オレは裁判を傍聴に来たのさ」
「私はたまたまその裁判の担当だったが貴方はいなかった」
御剣はたまたまを強調するように言った。冥は厳しい御剣からの視線を鼻で笑い、そっぽを向いた。
「見落としたんだろうぜ。隅のほうにいたしな」
「それはありえない。貴方のような目立つ人を見落とすなど」
「じゃあオレが嘘をついているとでも言うのかい?そんな理由がどこにあるんだ」
「そうだ。貴方は嘘をついている。…成歩堂、わかるだろう」
「うん。サイコ・ロックが見える‥‥」
成歩堂はゴドーを凝視している。おそらく匂玉を持っている成歩堂にしか見えない鍵を見ているのだろう。
「サイコ・ロック?何だいそりゃあ」
「嘘を見破る力のことよ。真宵の匂玉に宿っているの」
眉をひそめるゴドーに千尋がすかさず説明する。
「成歩堂、匂玉をつきつけろ」
「え…わかった」
《くらえ!》
ジャララララ…ガシャンガシャンガシャン!!
「うう…3つもある」
「さて、それでは鍵を解除させてもらう」
「面白ぇ。付き合ってやるよ」
ゴドーは余裕たっぷりの笑みを浮かべる。御剣はそれを気にせずに話を進める。
「まず、あなたがなぜここにいるのか。裁判を傍聴に来た…これは違う。実際貴方は傍聴席にはいなかった。
次に検事としてここに来た。これも違う。ここでは私の裁判の他には何の予定も入っていない。」
「じゃあじゃあ、何でゴドー検事はここに来たの?」
「ゴドー検事が裁判所に来た理由…それはマヨイ君。君だ」
「あたし…?」
言われた本人は困惑した表情を浮かべる。
「おそらく…『この場所』に用があったのではなく、『マヨイ君』にあったのだ。恐らく、成歩堂の事務所に
向かう途中に君たちの姿を見たのだろう。それでここまで後をつけてやってきた。マヨイ君の協力を得るた
めに…」
「…さすがは天才検事、というべきか」
パリーン…
「ロックが割れた…。でも何で真宵ちゃんの協力が必要なんだ?」
成歩堂もわからないといった顔だ。御剣は成歩堂を振り返り、
「まだわからんのか?マヨイ君に協力を頼むとしたらただ一つ。霊媒だ。そして呼び出すのは…」
「あっ…千尋さん!」
「そうだ。呼び出すとしたら綾里千尋、一人しかいない。そうだろう?」
パリーン…
「クッ…言いたい放題だな。だが、なぜオレが千尋を呼び出す必要がある?」
「必要はない。だが、何かの理由はあったはずだ」
「何なの?その死者を呼び出す程の理由って」
「綾里千尋を呼び出す理由…それは今日が2月14日だからだ」
「え?」
「綾里千尋とゴドー…神乃木蒼龍は恋人同士だったと聞いている。…理由はそれで充分だろう」
「まったく…何でもお見通しか」
パリーン…ジャラジャラジャラ…
「ロックが…解除された…」
クッ‥‥
「先輩…」
「バカな話だろう?いい年した大人がバレンタインだ何だと浮かれてるんだからよ」
「…そんなこと、ありませんよ」
「成歩堂?」
「実際ここにも何人かいますしね」
ため息をはく成歩堂にビクッ、と数人の肩が上下した。
「というのは冗談で…そんなこと言わないで下さい。千尋さんに会いたかったんでしょう?きっかけは何で
あれ、その気持ちは本物です。それをバカにするようなこと言わないで下さい」
「まるほどう…」
「千尋さんも。素直になって下さい。本当は嬉しいんでしょう?」
「…………」
コツコツ、と静かに神乃木は歩いてゆく。…千尋に向かって。
「千尋…」
「先輩…」
見つめ合う二人を優しい笑顔で見守る成歩堂…とその他大勢。
身動きも声も出せず、傍観をするその他大勢を、成歩堂は有無を言わさず感を全身から放ちながらそのまま
の顔で振り向いた。
目が笑ってない…
「じゃ僕達はおじゃまなので…撤収」
『は、はい……』
罵り合っていた全員の心が一つになった瞬間だった。
* * *
「う〜んっ…と」
成歩堂は太陽の光を全身に浴びてしなやかな猫のように大きく伸びをした。ようやく全てが終わった、その
開放感を全身で感じているのだろう。その顔は爽やかだった。
「それじゃ、僕は帰るから」
「ああ…そう…って『なにぃ!!』」
最後は見事にハモった4人に成歩堂は舌打ちし、早口でまくしたてる。
「何じゃないだろ?元々オレはのんびり過ごす予定だったんだ!それが何が何だかわからないうちにこんな
とこまで来て…疲れたんだ。オレは帰るからな!!」
元に戻ったかのように見えたが成歩堂は今紛れもなくキレている。目が据わっているのがその証拠だ。最後
に一睨みきかせた後、背を向けて去っていく。その他大勢は何をすることも出来ずにこのまま成歩堂は姿を
消すものと思われた。
だが、勇敢にも声をかけたものがいた。
「ちょ、ちょっと待ちなさい!」
「狩魔検事…まだ何かあるんですか?」
まだ自分を引き留める声に目を半眼にすがめ振り返る成歩堂。その迫力に冥は少し怯んだ。
「うっ…そ、そのさっきゴドーとかいう男に言ったわよね。きっかけはなんであれ、気持ちは本物だと」
「言いましたけど、それが?」
「それは私たちにも言えることじゃなくって?」
「そ、そうですよ。私はただリュウちゃんに喜んでほしくて…!」
「私だってそうだよ!いつも疲れてるナルホド君を癒してあげようと…!」
はあぁぁぁ……
必死のアピールをする3人の耳に深い、深いため息が聞こえてきた。
「確かに言ったよ。でもそれは『さっきのオレ』だろ?それにゴドーさんたちと違ってちゃんと会って会話
してるじゃないか。その結果オレはとてつもなく疲れたんだ。そのオレのことを思うんなら帰らせてくれ」
いつもの成歩堂らしからぬとんでもない主張だ。それにいつの間にか一人称が「オレ」になっている。
…だめだ。何を言っても通じない。
皆がそう思った、その時
「そうだな。帰るか成歩堂」
『!?』
「…何でついてくるんだよ御剣」
「帰るんだろう?私も帰るところなんだ」
「だからって何で御剣検事が一緒に帰るのっ?」
なぜか当たり前のように成歩堂の横に並ぶ御剣にその場に動揺が走る。
「君たちは徒歩でここまで来たのだろう。だが私は違う。成歩堂を車で送っていこうというのだ」
「う〜ん…確かにその方が楽だよな。(お金もかからないし)」
「リュウちゃん!?」
「そうだろう?では行こうか成歩堂」
「ああ。そのかわり寄り道はするなよ」
今度こそスタスタと去っていく成歩堂と御剣。こうなっては引き留める術はもうない。ただ見送ることしか
出来ないのだ。
さて、完全に二人の姿が見えなくなった頃、残された3人はというと…
「御剣検事ずっるーい!」
「お車でリュウちゃんをお釣りになるなんて!」
ギリギリ…
「?何の音ですか?」
「え?あ〜…狩魔検事?」
「(ギリギリ…)ミツルギレイジ〜!!」
「聞こえてないみたい」
「すごい歯ぎしりですね…」
キキィッ
そんな面々の前に一台のパトカーが止まった。中から出てきたのは…
「御剣検事!裁判は……って狩魔検…!」
「遅い!」
ピシィ!!
「ギャッ!」
「イトノコさん…」
「丁度いいところに来たわ、ヒゲ」
「うぅ…さっきは遅いって」
ビシぃぃっ!
「口ごたえは許さない。今すぐ出しなさい!」
バタン!
言うが早くパトカーに乗り込む冥。
「御剣検事様を追うんですね!!私も同行させて下さい!」
「あたしもあたしも!」
次々と後部座席に乗り込むあやめ&真宵。
「フン…好きになさい」
文句を言わないところを見ると、それぐらいには気を許しているようだ。こういう時の女の結束は強い。
「ヒゲッ!早く出しなさい!!」
「は、はいっス!」
糸鋸は慌ただしく運転席へと乗り込みアクセルを踏む。
「目標はレイジの車!死んでも追いつきなさい!追いつけなかったその時は…」
「りりりりり、了解っス!」
冥の目の色が違う。糸鋸は今までとは違う、生命の危機を感じた。
「フフフフ…逃がさないわよ…レイジ…」
* * *
「成歩堂。何か食べにいかないか?昼から何も食べていないのだろう?」
「確かにお腹は空いたな…おごり?」
「フ…無論だ」
「じゃあ行く」
キレていても成歩堂に餌づけは有効らしい。食事の誘いが成功し自然と笑みの浮かぶ御剣である。だがそれ
も束の間。バック・ミラーに赤いものが写る。
「ム」
「どうしたんだ?」
「パトカー…だな」
「は?」
バック・ミラーを見てみると確かに。パトカーがもの凄いスピードで追いかけて来ている。
『レイジお待ちなさい!』
『ちょ…狩魔検事!無線を勝手に…』
『うるさい!そこの赤い車!止まれ!』
『止まりなさ〜い!』
「チッ、冥の奴…」
天下の公道をパトカーがサイレンを鳴らして、しかも大声で自分たちを呼び止めている(真宵に至っては楽し
んでいるが)。これではまるで犯罪者ではないか。声からして運転しているのが糸鋸だとわかると
(糸鋸め…減給だな)
「とんでもないことになっちまったな…御剣」
「ん?な……っ!」
隣の成歩堂から何かとてつもないオーラが漂っている。またキレかけているのだ。
「さっさと撒け。そんで飯食いに行くぞ」
「あ、ああ…」
それに気づいた御剣は恐ろしくて隣を見ることが出来なかった。
かくして検事と検事+@の壮絶なカーチェイスが日本の一般道で繰り広げられることとなった。成歩堂の心
の平穏はしばらく訪れそうにない…。
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