「……おい、京。八神の奴、また来てるぞ」

天気のよい日曜日。
エアコンもなく扇風機だけの自室の暑さに耐え切れなかった京は休暇をとっていた紅丸を呼び出して、冷房の
効いた喫茶店で紅茶を飲んでいた。もちろん、紅丸のおごりで。

急に決まった予定だったのだが、いつの間にか…というより、いつも通りに八神庵が後ろから憑いてきていた。
喫茶店の外からこちらを見ている。何をするでもない。ただ、京をじーっと見ているのだ。
本人はバレてないと思っているようだが182cmの長身で赤毛、おまけに部類としては美形に入るし異様なオーラ
が漂っている。目立たないはずがない。

「ほっとけ、紅丸。まともに相手する必要はねぇよ」

京はさして気にした様子もなく紅茶をすする。
こんなことはもう日常茶飯事で慣れてしまっているのだ。慣れとは恐ろしいものである。

「…ったく、いい加減にしてほしいぜ」

だが、この暑苦しい日にこう熱い視線を向けられると余計に暑苦しく感じられ、流石にうんざりしているよう
だ。京でなくとも一言零したくもなるだろう。

「あそこまで来るとストーカーだよな」

うんうんと頷き同意を示す紅丸。トップモデルという職業柄ストーカー被害に合っていそうなものだが、彼は
来るもの拒まず(もちろんビジュアルは重視するであろうが)、スマートに相手をして、これまた上手く対応
しているおかげでそういう被害には合っていない。

熱烈なおっかけぐらいはいるだろうが、酷い被害に合ってはいない故に、のほほんとしているのだろう。紅丸
からすれば、おっかけは可愛い仔猫ちゃんの群れとでも認識されているに違いない。可愛い子が好きで目立つ
のも大好きな紅丸はむしろ大歓迎とか思っていることだろう。

それはさておき、普通の人間が気付かない程度に視線を窓に向けて庵がまだいることを確認した京は、ハァ…
と溜め息を吐き、喉を潤すためにカップを口元に運ぶ。

「まったくだ。俺が行くとこ行くとこ現れやがって…うざってぇ」
「もしかして八神の奴…お前のこと好きだったりして」

紅丸の一言に京は盛大に紅茶を噴き出した。気管に入ったらしく激しく咳き込んでいる。

「何だよ、汚ねぇな。ちゃんとテーブル拭けよ?ウエイトレスの小猫ちゃんに拭かせる訳にはいかねぇからな」
「ケホッ……紅丸!うすら寒いこと言ってんじゃねぇ!」

ようやく咳から立ち直った京は口元を拭い、少し掠れてはいるが十分怒りの篭った声をぶつける。そのために
周りからの視線が集まってしまい小さく舌打ちする。ただでさえ暑くて苛立っているのに苛立ちは募っていく
ばかりだ。

「いや〜だってよぉ、あの視線には並々ならぬ想いを感じるぜ?」
「何が『並々ならぬ想い』だ。アレは俺に対する恨みの視線だ!
 昔の因縁だか何だか知らねぇが、いつまでもくだらねぇことにこだわりやがって」
「んで、お前もまんざらでもないと」
「ぶっ……」

怒鳴ったせいで喉を痛めたのか、再びカップを運んだ京はまたもや紅茶を噴き出しそうになる。が、口をつけ
たばかりだったので、先程のような惨事にはならずに済んだ。
体勢を持ち直した京はコメカミを痙攣させ、カップをやけに丁寧にゆっくりと置いた。

「紅丸…いくら懐深い俺でもいい加減キレるぜ?誰があんな陰気くせー赤毛野郎好きになるかってんだ!
 それ以前に俺も奴も男だろうが!?」
「…お前のどこが懐深いんだ?」

先程より声が低いが、どう贔屓目に見ても既にキレている。心底疑わしい目で京を見た紅丸にギロッ、と鋭い
視線が降り注いだ。

……マジだ;

ヒンヤリとしたものを背中に感じた紅丸は、咳払いを一つ。話題を逸らそう。

「コホン……それはともかく、だってそうだろ。前だったらウザってぇ!って理由ですぐ八神をぶっ飛ばしに
 行ってたのに」
「いつもいつもあいつに付き合ってたらこっちの身が持たねぇよ。俺はあいつと違って繊細だからな」

さらっとその言葉に応える京。作戦は成功したようだ。素直というか単純というか…『八神』の言葉に敏感に
なっているらしい。

そりゃあ何日も何日も監視、もとい付け回されていたら敏感にもなる。ならない方がおかしいのだ。酷いとき
はノイローゼにもなるはずだ。というか繊細な人間ならとっくのとうにノイローゼになっている。
つまり、この時点で京が繊細でないことは判明した。そんなことはもう誰でも知っているのだが。

「繊細ねぇ……お前は気付いてないかもしれないけど、八神と闘ってる時のお前すごく楽しそうだぞ」
「はぁ?紅丸、悪いことは言わねぇ。今すぐ眼科に行ってこい。それはお前の目の錯覚だ。
 それとも毒キノコか何かでも食って幻覚が見えてるんじゃねぇ?」
「いーや、毒キノコなんて食っちゃいないし、オレ様の目にも狂いはないね。目が生き生きしてるし、楽しく
 て仕方ねえって顔してるぜ?何つーかお前らの闘いはじゃれ合ってる印象がある」
「なっ…少なくともあいつは俺を殺すつもりでかかってきてるんだぜ?ンな奴と楽しそうにじゃれ合えるかよ」
「八神の野郎も口ほど本気で闘っちゃいねぇよ。
 ただお前と遊びたくてちょっかいかけてるだけなんじゃないの?
 ほら、好きな子ほどイジメたくなるって言うじゃないの」
「……紅丸」
「ん?ぐぎゅ!」

紅丸のすました顔に京のパンチが炸裂した。奇妙な呻き声を出し、顔を押さえる紅丸。衝撃で紅茶が少し零れて
しまった。カップを落とさないところは流石である。

「テテ…オレ様の美しい顔に傷をつけるなよ。大勢の女の子達が悲しむだろ」
「うるせぇ!くだらねぇことぐだぐだ言ってるからだ!帰る。代金払っとけよ」
「呼び出したのはお前だろうが……」

ぶつくさと文句を言っている紅丸を置いて、京は太陽の光が燦々と降り注ぐ外へ出た。


    


まずは第一話ということで。短いですけど;
季節は終わったばかりの夏です。わぁ〜季節外れもいいとこだ!
設定が主にオロチ編97以降ということになりますから、夏なんです!
さぁ、京は庵の居る外へ出てこれから何処へ行くのでしょうか。
何処に行こうが庵は憑いて行きますけどね☆

05.10.25